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東京地方裁判所 昭和33年(ヨ)4055号 判決

申請人 梶忠二

被申請人 山口竜夫

主文

申請人の申請を却下する。

請申費用は申請人の負担とする。

事実

第一申請の趣旨及び理由

申請人は「被申請人は申請人に対し金二四五、三六四円を支払え」との裁判を求め、申請の理由をつぎのとおり陳述した。

(一)  被申請人は昭和二九年九月三日会社更生法による更生手続が開始された申請外日本バルブ製造株式会社(以下「会社」という。)の管財人の選任されたものである。

(二)  退職金請求権

(1)  申請人は昭和二一年七月一三日以来会社に雇傭されていたところ、昭和三二年一月一五日解雇された。当時会社が退職金に関して規定していたものによれば、申請人の退職金は金四二七、六一三円となるのであるが、会社は申請人に対しその一五パーセントに当る金六四、一四二円を支払つたに過ぎない。

(2)  従つて申請人は被申請人に対し右退職金の残額金三六三、四七一円の支払を求める権利を有する。

(三)  休業手当請求権

(1)  申請人は昭和三二年一月一六日再び会社にいわゆる仮採用により雇傭され、右雇傭関係は昭和三二年九月二九日まで存続した。

(2)  昭和三二年七月以降における申請人の給料は月額金二二、六〇七円の約定であつた。

(3)  会社は昭和三二年七月一六日から同年九月二九日までの間、その責に帰すべき事由により休業したので、申請人は被申請人に対し右期間中の休業手当金三一、五六四円の支払を求める権利を有する。

(四)  保全の必要

申請人は昭和三三年五月二〇日以降は失業して収入の途が皆無であり、特に財産も有しないので、前示退職金及び休業手当の請求について本案判決を待つていては回復し難い損害を蒙るので、前記退職金の残額金のうち内金二一三、八〇〇円及び前記休業手当金三一、五六四円、以上合計二四五、三六四円の支払を求めるため本申請に及んだ次第である。

第二答弁及び抗弁

被申請代理人は主文第一項同旨の裁判を求め、申請の理由に対しつぎのとおり陳述した。

(一)の事実は認める。

(二)の(1)の事実は認める。しかしながら被申請人は申請人に対しその主張のような退職金の残額を支払う義務はない。即ち、

(1)  前述の如く昭和二九年九月三日更生手続を開始された会社は同三一年一二月に至り、申請外株式会社中山製鋼所(以下「中山製鋼」という。)の援助により事業を継続することとなつたが、中山製鋼の要望に基いて(イ)全従業員を解雇し、(ロ)解雇者中八五パーセント以上を仮採用し、(ハ)仮採用者に対しては所定の退職金の一五パーセントを支給する処置を講ずることにした。

(2)  会社の従業員の一部には会社が前記処置をとることに対して反対するものもあつたが、申請人はこれに賛成して退職し、その退職金の一五パーセントに当る金六四、一四二円を受領し、再び会社に仮採用されたのであるから、退職金の残額八五パーセントについては請求権を放棄したものと認めるべきである。

(3)  仮に右の事実が認められないとしても、前記更生手続開始前における会社と申請人との間の雇傭関係即ち昭和二一年七月一三日から同二九年九月二日までの間の雇傭関係に基く申請人の会社に対する退職金請求権は更生債権に当るものであつて、更生手続によらなければこれを弁済することはできないのである。従つて少くとも右の部分に関する限り申請人は被申請人に対し退職金の支払を求める権利を有しない。

(三)の事実については会社の休業がその責に帰すべき事由に基くものであるとの点を否認し、その他は認める。会社が申請人の主張する期間休業したのは左のような原因に出たのである。即ち、

(1)  上述のとおり会社が中山製鋼の要望に副つた処置をとることに対して反対する会社の千葉、大森、蒲田各工場の従業員の一部が争議を開始したので、会社はこれに対抗するため、(イ)昭和三二年二月三日千葉工場に対しロツクアウトを宣言したのであるが、当時同工場に勤務していた申請人は会社の前記処置に賛成していたため爾後申請人を蒲田工場に通勤させたところ、(ロ)同年五月一九日に至つて蒲田工場についても臨時休業をせざるを得なくなり、(ハ)続いて同年六月一三日蒲田工場が第三者の所有に帰したため申請人を千葉工場に移籍し、(ニ)更に同年七月一五日大森工場に対してもロツクアウトを宣言した。

(2)  この間千葉工場の従業員で会社の前記処置に賛成した一六二名のうち申請人を除く一六一名は予告手当を受領して円満に退職した。

(3)  叙上のような状況に濫みるときは、申請人は前記争議に参加せず、会社も申請人に対してはロツクアウトを行つていなかつたとはいえ、昭和三二年七月一六日以降においては、申請人としては唯一人で就労することは不可能であつたのであり仮に可能であつたとしてもその就労は会社にとつて全く無価値、無意味なものであつたのである。これを要するに会社が申請人の主張する如く昭和三二年七月一六日から同年九月二九日までの間休業していたのはその責に帰すべき事由によるものとは認められないから、申請人に対しこの間における休業手当を支払うべき義務はないのである。

(四)の保全の必要があることについては争う。

第三抗弁に対する反駁

申請人が中山製鋼の要望に基いて会社のとろうとする処置に賛成し、会社から所定金額の一五パーセントに相当する退職金を受領し、その残額を請求しないことにして退職したことは認めるけれども、それは会社において中山製鋼の援助にも拘らず事業を継続しないことを解除条件としたのである。

ところで会社はその事業を継続しないことに決したのであるから、申請人のした退職金の残額請求権の放棄は右解除条件の成就によりその効力を失つたのである。

第四再抗弁に対する反駁

申請人がその主張の如く解除条件付で退職金の残額請求権を放棄したことは否認するが、仮に申請人主張のとおりであつたとしても、会社が事業を継続しないことにしたような事実は全然なく、現に進行中の更生手続において会社の事業継続について検討が続けられているのであるから、申請人のした退職金の残額請求権の放棄の効力には何らの消長も生じていないのである。

第五疎明〈省略〉

理由

第一  被申請人が昭和二九年九月三日会社更生法による更生手続の開始された申請外日本バルブ製造株式会社(以下「会社」という。)の管財人であることは当事者間に争いがない。

第二  退職金請求について

申請人が昭和二一年七月一三日から会社に雇傭されていたところ、同三二年一月一五日解雇により退職したこと、当時会社が退職金に関して規定していたものによれば申請人の退職金が金四二七、六一三円となるはずであつたこと、申請人が会社から右金額の一五パーセントに当る金六四、一四二円を退職金として受領したこと、かねて更生手続中の会社において申請外株式会社中山製鋼所(以下「中山製鋼」という。)の援助により事業を継続して行くことになつたにつき中山製鋼の要望により(イ)全従業員を解雇し、(ロ)解雇者中八五パーセント以上を仮採用し、(ハ)仮採用者に対しては所定の退職金の一五パーセントを支給しようとする会社の処置に対して申請人が同意し、前述の如く一旦退職して会社から所定の退職金の一部金六四、一四二円の支払を受け、その残額の請求権を放棄した上、昭和三二年一月一六日会社に仮採用されたことについては当事者間に争いがない。

申請人は、申請人が右の如く会社に対する退職金の残額請求権を放棄したのは会社が中山製鋼所の援助にも拘らず事業を継続しないことを解除条件としたものであつたところ、その後この条件が成就したため右の放棄は効力を失つたと主張するけれども、申請人の前記退職金残額請求権放棄に申請人の主張するような解除条件が付せられていたことを認めるに足りる疎明はない。

従つて申請人は会社に対し前記受領ずみの金額以上に退職金を請求する権利を有しないものというべく、結局申請人の主張する退職金の残額請求権についてはその疎明がないことに帰するので、仮にその履行を求める申請は理由がないといわざるを得ない。

第三  休業手当請求について

申請人がいわゆる仮採用により会社に雇傭されていた間に会社が昭和三二年七月一六日から同年九月二九日までの間休業したことは当事者間に争いがない。

ところで証人大沼得寿の証言に本件弁論の全趣旨を合わせ考えるときは、会社が右の如く休業したのは、上述のように会社において中山製鋼の要望に応ずる処置を講じようとするのに対して会社の従業員の一部が反対して開始した争議に対抗するためロツクアウトを行つたことによるものであることが認められるのであるが、会社の前記処置に賛成していた申請人は右争議に参加せず、会社からも申請人に対してはロツクアウトを宣していなかつたことは被申請人の自認するところである。かかる状況の下において前記休業が会社の責に帰すべき事由によるものとして会社が申請人に対してこの間の休業手当を支払わなければならないものであるかどうかについては論議の余地なしとしないが、仮にこの点に関する申請人の主張をそのまま是認して申請人が金三一、五六四円の休業手当請求権を取得したものであるとしても、この程度の額の金銭請求権の実現が著しく困難となるであろうとの危険の存在を認め得る疎明は発見されないし、又、申請人本人尋問の結果によれば申請人は会社を再度退職した後申請外橋本金属工業株式会社に勤めていたが、昭和三三年五月二〇日解雇され、爾来失業中で特に財産とてもなく、家族は妻及び子供三名であるところ、長女はガラス工場に通勤して月収一〇、〇〇〇円を得ており、末子は住込でプラスチツク工場に働き、他の一人の子供は昼間アルバイトをして夜間の高等学校に通学していることが認められるので、申請人が生活にかなり困難していることは察するに難くないけれども、今直ちに上述した程度の金額の支払を得なければ生計に甚しい困窮を来たすものとも考えられない。即ち申請人の主張する休業手当の請求については、たとえその請求権が認められるとしても仮処分によつてこれを保全しなければならない程の必要性はないものといわざるを得ない。

第四  結論

よつて本件申請をいずれも却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)

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